どうも、なめたけです。

猛烈なクラクションが鳴らされたとき、
僕の運転する車は車道の白線上を走っていました。



高速道路での出来事です。

あなたは


「あと1秒判断が遅れていたら死んでいた」


という経験はありますか?

僕にはあります。


世に言うブラック企業に
勤めていた頃の出来事でした。


毎日仕事が辛いけれども、必死に
「転職は悪いことだ」と自分に
思い込ませて転職に踏み切れませんでした。



転職することで家や環境、
給料など様々なものを
失うのが怖かったからです。


ですが死にかけた体験から
僕は転職に踏み切ることが出来ました。

今回の記事では


「会社を辞めることが不安でたまらない」


というあなたに、


「生きてさえいれば何度でもやり直せるし、
転職することに不安なことは何もない」



ということをお伝えします。


「会社勤めが苦しくて逃げ出したくてたまらない」


「毎日毎日寝る前に涙を流している」


そんなあなたが動き出せる
きっかけになれば幸いです。

牢屋

逃げ場のない毎日

僕が新卒で入社した会社はあるグループ会社でした。


新卒を150人採用するような
そこそこ大きな会社です。

僕は入社するにあたり、学生時暮らしていた
大阪を離れ、埼玉県に引っ越すことになりました。


家も住む環境も変わる大きな出来事です。


「どんな新生活が待っているのだろう」


「職場の人たちとは上手く
やっていけるのだろうか」


不安と期待が入り混じった気持ちで
新生活が始まりました。


そして働き始めると地獄のような
毎日が待っていました。


月にみなし残業40時間、
つまり一日朝の9時から夜20時まで
働いても残業代は出ない仕事です。


職場の先輩が『親切心』


「20時まで残業しても良いんだよ」


と言っていたことが今でも
記憶に残っています。

外回りの営業で車を運転し栃木県や
茨城県へ行くこともありました。


朝から営業のときは、現地に
朝9時に到着しなくてはならないため、
7時半には出社しなければなりません。


もちろん移動時間は「勤務外」です。

また、グループ会社全体での同期は
150人程いましたが、同じ配属先に
なった同期はたった一人でした。


しかもその一人とも仕事内容は全く違ったため、
困ったことがあっても相談出来ませんでした。


部署の先輩はたった一人だけで、
年が一回り離れた「足で稼げ」という
タイプの営業マンだけでした。


この先輩にも相談しても「気合が足りない」
など体育会系の答えが返って来るだけでした。

相談できる相手がいないことがどれほど
辛いことかに、生まれて初めて気付きました。


経済的負担

大阪から埼玉へ引っ越したにも関わらず、
家賃手当はなく賃貸の契約は会社名義でした。


つまり家賃は全額僕が払っているが、
契約先は会社です。


会社に住居を握られていたことに
気付いたのは、しばらく暮らしてからでした。

そして毎月給与の手取りは13万円です。


その中で飲み会や上司の
趣味のアウトドアに付き合わされ
貯金なんて全く出来ない生活です。

一時期、銀行口座に2000円しかない状態で
1週間過ごしたこともありました。



食べものは調味料と白米のみでした。


白米と醤油。
白米と塩。
白米とマヨネーズ。




昼食はラップで包んだ
塩おにぎりでした。


なんとか給料日まで持ちこたえましたが、
「食べ物が底をついたらどうしよう」
という恐怖は人生で初めて味わいました。


この経験は一生忘れません。


今なら笑い話に出来ますが、
お金がなかった当時は、見かける人全員が
「食うものにも困らない裕福な奴ら」

に見えて妬ましくてしょうがなかったです。

 

精神的負担

また上司から僕へのプレッシャーの
かけ方が尋常ではありませんでした。

一つのプレゼンで5千万円以上の
金額が動く仕事だった
ので、準備に
何ヶ月も時間をかけます。


準備の間は社長からずっと


「お前は1円も生み出していないのだから
タダ飯を食っていることを覚えておけ」



と言われ続けていました。

上司からのストレスは徐々に
僕の身体に悪影響を与え始めます。


毎朝目を覚ました瞬間から動悸が
するようになり、朝礼後の清掃の
時間は決まってトイレの個室で
吐いていました。


寝ても覚めても社用携帯が
振動している幻聴がします。


お風呂でお湯に浸かっていても、
布団をかぶってまぶたを閉じても
仕事のことばかり考えていました。

 

「逃げてはいけない」という洗脳

今なら「会社を辞めたかった」
とハッキリと言えますが、当時は
「会社を辞める=間違ったこと」
という考えを持っていました。


「両親への言葉が見つからない」
「次の職場は見つかるのか」
「社宅に住んでいるから家がなくなってしまう」



こんな考えが頭の中にこびり付いていたせいで、
僕は転職へと踏み切れませんでした。

転職した結果、給与が上がり、残業も
減った今になら言えることがあります。


それは


「辛いことから逃げ出すのは悪いこと」
「転職するとドンドン給料が少なくなる」
「とりあえず3年続けないとどこでもやっていけない」


などという考えは全て「洗脳」された結果
だということです。


「当たり前だと思っていること」の多くは
会社や親からの教育、学校教育などで
長年に渡り「洗脳」され続けてきた考え方です。

「親がなぜ『公務員は安泰』だと言い続けるのか」


「会社を1年間ではなく3年間辞めずに
続けてみろと言われる理由は?」



「転職者全員が給料が下がるのであれば、
転職者は格段に減るのではないか?
もしくは給料が減っても手に入れたい
何かがあったのではないか?」



このようになぜ一般的にそう言われているのか、
上手く行っている事例はないのかを考え、
調べてみることでこの「洗脳」は解くことが出来ます。


絶望

転職の引き金になったもの

ある日のことです。


外回りの営業を終え、本社に帰る車の中で
「どうやったらお客様のニーズに応えられるかな」
と仕事について考えていたときでした。

後ろを走っていた車から、激しく
クラクションを鳴らされました。


それも一度ではなく二度三度です。

気付いたら僕の車は壁スレスレの
白線上を走っていました。


高速道路での出来事です。


朝から遠出した帰りの高速道路で
一瞬寝てしまっていました。

あと一秒、いえあと一瞬気づくのが遅れていたら
そのまま壁に激突して僕は死んでいました。


そして何よりも恐ろしいのが、
居眠りから意識を取り戻した瞬間、
僕がパニックに「ならなかった」ことです。

ただ冷静に状況を理解して
正しい車線に車を戻しました。

そのとき僕はこんなことを思っていました。


「あぶなかったな…僕が死んだら
『親が泣くかもしれない』


そのまま本社に帰り、普通に
業務を済ませ家に帰り着きました。


お風呂に入っている時に、高速道路で
死にかけたことを思い出しました。


そして居眠りから起きた直後に
「『僕が』生きていたかった」という
感想が浮かばなかったことに気付きました。


そのとき初めて背筋が凍りつき、手足が
ガタガタ震えたことを今でも覚えています。

「『僕が』『僕の幸せ』を考えていなかった」


このことに気付いた時に、
僕は転職することを決意しました。

分岐

何よりも死ぬよりはマシ

高速道路での一件があるまでは
「会社を辞めると家がなくなる」
という恐怖がありました。

ですが転職を決意したとき


「生きるだけならこの体があればいいや」


と思えたのです。


そしてそう考えると気持ちがスッと軽くなりました。

家や物がなくても、この体があれば
生きていけるのです。



ものすごく単純なことなのに、
死に直面するまで全く気付きませんでした。


死ぬことに比べれば、大抵のことは
大したことではありません。


少しずつ成長

退職届を出してから

僕は転職先が決まる前に退職届を出しました。


退職するまでの1ヶ月間で
転職先が決まらない限り、
次に住む家がなくなります。


名実ともに『住所不定無職』
になる可能性が出てきました。


ですが家がなくなるとか無職とか
どうでも良くなりました。


死ぬよりはマシです。

退職届を受け取った直属の上司は


「俺も何回も転職してるから気持ちは分かるよ」


と真剣に話を聞いてくれ、
すんなり受け取ってくれました。

社長には


「お前みたいなやつが一番嫌いだ」


と罵声を浴びせられましたが、
それでも僕はなんと言われようと
辞める意志を貫きました。


死ぬよりはマシです。

退職届を渡して家に帰りついたとき、
入社して初めて涙が出ました。

最後に声を出して泣いたのはいつだったか
もう覚えていませんでした。


中学生の頃、部活中に左手を骨折し親と連絡が
取れず2時間掛けて折れた手をかばいながら
徒歩で家まで帰ったときも泣きませんでした。


体育の授業でバスケットボールが指に当たり、
親指の爪が剥がれたときも泣きませんでした。


そんな僕が、自分でもどんな声をあげているのか
分からないくらい泣きました。


退職届を出してからも1ヶ月間は
働かなければなりません。

その間は社内に居心地の悪さがありましたが、
社内の人もいなくなる人に構っているほど
暇ではありません。


仕事も振られませんし、定時で帰れるので
自分の時間が2時間も増えました。

そして家で仕事の事を考える時間が「0」になり、
精神的に非常に自由になりました。



仕事も今までのマルチタスクに比べ、
引き継ぎ資料作成だけになり集中して
作業ができました。

そして「会社を辞める」と決意してからは、自分が
本当にやりたいことを考えられるようになりました。


自分を正常に見つめなす余裕が生まれたのです。


そのおかげで前向きに自己分析をして
転職活動を行った結果、トントン拍子で話が進み、
無事内定がもらえました。


おかげで友人の家に居候する
事態は避けられました。

落ち着き

新しい生活

新しい会社に迎えられ、今は
家賃手当を貰いながら社宅に
住むことが出来ています。


休日も前職に比べれば遥かに増え、
残業時間も格段に減りました。


手取りの金額も前職より
かなり良くなりました。


飲み会も稀にしかありません。

もちろん良いことだけではありません。


仕事内容も大きく変わったので覚えることも多く、
中途入社ということで同期もいません



ですから自分から社内で繋がりを作らないと
頼れる人脈が作れないのです。


生活のスタイルも大きく変わりました。

それでも


「転職して良かったですか?」


と問われれば即答で


「もちろん良かったです」


とお答えできます。

自分を見つめる

会社にジワジワと殺されている

高速道路で死にかけるような体験は、
誰もが経験できることでは無いと思います。


「それだけの強烈な経験があれば
私だって転職に踏み切れる」



そう考える人もいるかもしれません。

ですが本当に死にそうに
なったことはないですか?


世に言うブラック企業に務めて、自殺した
若者のニュースが毎年話題にあがります。


僕の大学の友人で、ある会社で働いていて、
次の休みが6ヶ月後だと言っていた友人がいます。


その友人はストレスで胃に穴が開きました


その知らせを聞き、彼に会いましたが、
大学生の頃の姿は見る影もなく
ゲッソリとやせ細っていました。


彼は今もなおその会社で働いています。


ストレスは人を殺します。


あなたは気付いていないだけで、
会社にジワジワと『殺されて』いませんか?


無限の可能性 風船

おわりに

あなたには選択肢が無限にある
ということを覚えていてください。


家を失いそうになっても、
命があればやり直せます。


どこでも生きていけます。

会社勤めしか生きる道が無いと
思いこんでいるのであれば、
それは非常に危険です。

僕は今ではキャリアアップを目指し、
ネットビジネスを始めました。


完全に独立するために準備をしています。


もちろん会社を辞めれば家が
無くなりますが、なんとかなります。


生きてさえいれば。

もしあなたが会社に勤めていて、
死にたいくらい苦しいのであれば、
逃げ出すことを選んでください。

周りの人たちは


「バカな考えはやめなさい」


と非難するかもしれません。


ですが「あなたの命」は「あなたのもの」です。
そして「あなたの人生」は「あなたのもの」です。



非難する人はあなたが死ぬほど
苦しんでいることを1ミリも理解していません。



そんな人の言葉に耳を貸す必要は一切ありません。

転職だろうが会社を辞めようが、
生きてさえいれば不安なことなんて
一つもないのです。


あなたを守るためには
あなたが行動するしかありません。



そしてあなたには選択肢が無限にあります

会社勤めも転職も独立も『あなたが行える』
選択肢のうちの一つにすぎないことを
覚えていてください。



今回の記事はいかがでしたか?
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なめたけ

メールマガジンはじめました

僕はネットビジネスをはじめて
人生が大きく変わりました。


なんとなく生きて、
会社に依存して、
ぼんやりとした不安が
ふとした瞬間に訪れる。


そんな生活を送っていました。


ですがネットビジネスに出会い、
真剣に学んで行動する中で


給料をもらう以外の生き方や、
人生を豊かにする考え方、
人を動かす方法など、
学校では教えてくれない知識を手に入れました。


そして何より、
「知らない」ということは
非常に恐ろしいことだと学びました。


ビジネス以外についても言えますね。


例えば


お金についての知識がないだけで、
社会保険料を多めに支払っていたり。


睡眠についての知識が無いために
1日を台無しにしてしまっていたり。



逆に考えると、
知識を蓄え、思考を鍛えることで
人は誰でも、いつでも変われるし成長できます。


これは僕の経験から断言します。


ですので僕は学び続けたいし、
成長し続けたいと考えています。


僕はもともと仕事も出来ない、
私生活もダメダメのクズ野郎でした。


ですがビジネスに取り組みはじめて
知人友人から「変わったね」と言われる程度には
成長出来ていると感じています。


そして同じように考え、行動してくれる人が
増えるといいなと思っています。


そうすれば、昔の僕みたいに苦しんでいる人を
少しでも多く手助けできると考えていますし、
長い目で見れば世の中が少しだけでも良くなると
本気で考えています。


「世の中」を作っているのは「人」だからです。

そして「人」を少しでも良くしたいと思います。


「ペイ・フォワード 可能の王国」
という映画をご存知ですか?

その映画の中で

「世の中は思ったよりクソじゃないってことを伝えたい」

という話を主人公の少年が言っています。
まさにこの言葉を僕も広めたいです。


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